49歳女若かりし気の頃の自分

現在49歳、介護士として働く事12年、高校生の息子1人を持つシングルマザーです。
私が20代後半に入った時に、仕事は楽しかったのですが、家に帰るのが嫌で、友達や職場の人の家を転々としていまいましたが、さすがにいつまでも迷惑かけられないと思い、仕事帰りにスナックでバイトを始めました。時間は潰せて給料も貰えるから数ヶ月は良かったのですが、毎日睡眠時間4時間、本業は車の運転とかなりの肉体労働で身体が悲鳴を上げている事に気づきました。その時にスナックではなく、クラブやキャバクラ等の指名バックがあるお店にいけばそれなりのお給料が貰えると思ったのです。でも本業続けながら、繁華街でキャバ嬢していたら、職場の人や親戚や知人に会うかもしれないし、私の家は繁華街から車で約1時間半、考えると中々行動に移せませんでした。お店が暇な時に、ママや女の子とお喋りをしてお客さんを待つという日が何日かあり、これでお給料を貰うのは申し訳なくなったのと、座っていると強い睡魔が襲ってきて、でも居眠りはできないと思うと体が震え始めもう限界だと思いお店を辞めました。でも家には帰りたくない、今の自分も嫌で、まだ20代、独身、自由はあると考えた結果が県外で水商売をする事でした。
寮付きのお店って結構あるんですよね。とりあえず、誰もこないであろう、名古屋に決めて、家電製品一式揃ってる寮があるお店を見つけ、バイトで貯めたお金を親に少し渡し、私は名古屋へ旅立ちました。
採用が決まったお店は名古屋の繁華街で寮はお店まで歩いて10分程度との事。寮費は全て込みの毎日3000円でお給料から引くとの事。ここなら交通費も掛からないし、衣装もある、節約すれば地元に帰る頃には沢山お金持って笑って帰ると心に誓いました。
連れて行かれたのは9階建マンション。大通りに面した賑やかな場所にありました。部屋を案内されたのですが、電化製品というのは小さな冷蔵庫と14インチのテレビと洗濯機、ガスコンロだけでした。正直がっかりしたのと、これが現実だろうなと思いました。
初めてのユニットバス。床をできるだけ濡らさないようにカーテンを閉めるも何とも言えない圧迫感と孤独感。2日目からカーテンを閉めるのを辞めました。
そのお店で四国からきたばっかりの女の子と仲良くなり、その子も寮に入ってるとの事。私は部屋を出るときは当たり前ですが電気は消していました。ですが、その子は全部込みの寮費だからと電気は付け放し、水は使いたい放題よと言うのです。言われたら確かに。真っ暗な部屋にビクビクしながら入っていたので、次の日から私も実行しました。1日3000円の1ヶ月で約90000円、部屋の作りは良くないけど、水道光熱費込みで場所も考えると妥当なか寮費かなと思いました。
半月位たった頃、元々置いてあったゴミ箱に小さな女の子と若いママが移ったプリクラが張ってある事に気付きました。この親子はこの部屋でどんな思いで生活をしていたんだろうと、切なくなった事を覚えています。
カーテンも無く、ただ寝るだけの生活感の無い部屋。孤独感しかありませんでした。お店が休みの日も3000円引かれていると思うともったいないなと思い始めたのと常にお店に監視されている様な気がして1ヶ月位で寮を出て自分でアパーtを借りました。かなり無謀な挑戦的な生活も今となれば良い思い出です。
今時の水商売の寮がどんな物かは分かりませんが、せめてラブホ位の家電製品は揃っていて欲しいものです。